ママ活、始めました。
「いじめられる方にも原因がある」
「もっと強くなれば」
「弱い者を・・」
本当に、そうでしょうか?
しばらく前も大津のいじめ自殺がありました。
自殺の練習をさせたり、蜂をたべさせたり、お金をせびったりと、
一歩社会に出ると「犯罪」行為。
ところが、学校という空間の中では、
「いじめ」というソフトな言葉に隠され、ごまかされてしまいます。
昔、レイプを「いたずら」と新聞も表現していた時代がありました。
同じように、
「いじめ」は犯罪を隠す言葉ではないでしょうか。
「いじめられる側にも原因がある」「家庭にも理由が」と、
被害者のあら探しをして、罪を責任転嫁する加害者と学校。
「もっと強くなれば」「弱い者を・・」
それって、いじめ被害を受ける=弱者のレッテルが張られてしまいませんか。
それでは、いじめ被害を隠すのは当然でしょう。
加害者たちに都合のいい、いじめを隠蔽するカラクリ、
いじめを野放しにしてしまう、社会の風潮を考えます。
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