「一人でご飯を食べることは恥ずべきことではない」 ー「ぼっち飯」「便所飯」という名の社会問題解決への道ー

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  • ぼっち飯
  • 便所飯
  • 孤食
この記事の読了時間:約10分
2013.06.08
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いちへい

古来より、食事は重要なコミュニケーションの場だった。「同じ釜の飯を食った仲」ということわざからも分かるように、食事を共にするということはそれでだけで個人間や集団の絆を高めることのできる営為だった。一般的に言えば、朝ご飯は家族の体調を確認し合う場、昼ごはんは学校の友だちや職場の同僚たちとの交流の場、晩ごはんは家族とその日一日の出来事を話し合う場として機能してきたように思う。食事は生活を豊かにするための重要なファクターだった。

しかし、いつのころからか、食事を介したコミュニケーションは徐々に希薄化していった。だんだんと一人で食事をする人が増えていったからである。そして最近になって、このような傾向は「ぼっち飯」「便所飯」といったインターネットスラングや、「孤食」という学術用語の形で、社会のゆがみとして浮き上がるようになった。

この記事では、「やむをえず一人でご飯を食べなければならない」という視点から「ぼっち飯」「便所飯」「孤食」という事象をまとめ、現代における社会問題として記述してみたい。


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