保健教育は戦後どのような変遷をたどってきたのか?

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2013.09.13
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いちへい

小中高校を通じて習う保健教育であるが、その歴史は意外と浅く、戦後の教育改革の中で初めて学校教育に取り入れられた(保健体育という科目そのものは明治期から存在したものの、軍事訓練的な性格の強い科目であり、性教育や家族計画、女性の権利などの項目はなかった)。

実際に、日本における保健体育教育に転機が訪れたのは、なんと日本が敗戦した直後のGHQ統治の時代であった。

GHQは日本の民主化を進めるために教育改革を主導し、新たな教育指導要綱を作った。その中で保健体育にかかわる指導要綱も、戦前の「国家のための教育」から「運動と衛生の実践を通して人間性の発展を機とする教育」 に変化した。その結果、体育教育に並んで保健教育も重視されるようになったのである。

この記事では、戦後社会で新たに誕生した保険科目の教科書が、男女共同参画社会の進展とともにその内容を変化させていったこと、具体的に言えば、男女共同参画社会の進展とともに、保健体育の教科書における①家族計画、②母体の尊重、そして③男女の就業観という3つの分野が特に変化していることを紹介したい。


~保健体育の成り立ち~

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