この冊子は、旧ユーゴスラビア紛争(※1)によって難民や避難民となった様々な民族の女性たちの生活や信条の変化などを、【紛争前】、【紛争後】、【JEN(の活動)に参加して】という3つの切り口で、世代別に取り上げたものです。戦争の悲惨さや復興への道のりの厳しさはもちろんですが、彼女たちが自立に前向きに取り組み、立ち直っていく過程を読み取っていただければ幸いです。(冊子「旧ユーゴスラビア紛争を乗り越えた難民女性たち」より)
※2001年当時
20歳代 ブランカ・オブレノビッチ(Branka Obrenovic)
<プロフィール>
ボスニア・ヘルツェゴビナ、ゴラジュデ近郊生まれのセルビア人。紛争が始まる難民となってユーゴスラビアに逃れ、後に帰還。JENが行った美容師の職業訓練コースに参加し、その後器材提供を受けて美容院を開業。
【紛争前】
紛争前に住んでいたのはセルビア人の多い地区でしたが、ムスリム人も少なくなく、今よりもずっとお互いに対する理解があったと思います。私が小学生の頃はとても楽観的に将来のことを考えていて、サラエボで美術を勉強するのが夢でした。当時は民族や社会のことなど気にせず、自由に自分の未来や幸せについて考えられたのです。ボスニアで粉争が起こるなどとは想像もしませんでした。
【紛争後】
1992年ボスニアで紛争が始まったとき、私は12歳でした。戦火から逃れるために家族でユーゴスラビアに向かい、難民収容センターで生活していました。翌年ボスニアに戻ると、住んでいた家は燃やされてしまっていて、しばらくは行政府が用意したアパートで暮らしました。幸いにも父は元の会社で再び働くことができ、私も高校に進学できましたが、依然として紛争は続いており、何が起こるかわからない不安な日々でした。
【JENに参加して】
私が参加した美容師の職業訓練コース参加者は、セルビア人3名とムスリム人4名でした。参加するにあたって民族の異なる人々と同席することについての抵抗はなく、むしろ紛争によって途絶えてしまった対話をするよい機会だと思いました。一緒に勉強する中で、以前のように民族というグループではなく、相手を個人としてとらえることができるようになっていくのが感じられました。コース終了後、JENから器材提供を受けて姉と一緒に美容院を始めましたが、色々な人が来店し、対話するような場となってくれることを望んでいます。
30歳代 ファディーラ・チュリノビッチ(Fadila Culinovic)
<プロフィール>
ボスニア・ヘルツェゴビナ、シポボで生まれ育ったムスリム人。紛争が始まると付近の住民と共に脱出、国内避難民となった。紛争後シポボに帰還したが職がなく、幼い娘を抱えて厳しい状況にある。
【紛争前】
シポポは住民の80%以上がセルビア人であり、ムスリム人の自分は少数派でしたが、特にそれをコンプレックスに感じることはありませんでした。学校ではどの民族に属しているかは問題にされず、生徒は皆平等に扱われていました。学校を卒業した後は石膏をつくる工場で働いていましたが、その職場でも民族に関わらず良い人間関係を築いていました。
【紛争後】
紛争が始まって間もなく皆と一緒にシポポからトラブニックに逃れました。避難中に娘が生まれましたが、頼れる親戚も友人もおらず、生活は非常に厳しいものでした。紛争が終わって数年後に帰還したところ、家自体は残っていましたが家財道具はなくなっており、窓やドアもなくてとても住める状態ではありませんでした。SFOR (Stabilization Force:安定化部隊)や国際NGOの支援で家を修復したものの、職に就けなかったため収入がなく、また夫も亡くなっていたため途方に暮れていました。
【JENに参加して】
娘がまだ幼いので、家に一人残して働きに出ることはできません。所有している土地は野菜や果樹の栽培を始められるほど広くはなく、牛なども飼えません。そういう状況にある私はJENから山羊の提供を受けました。山羊は他の家畜に比べて狭い場所でも飼うことができ、また世話もさほどむずかしくないので、私にも飼育することができています。乳をしぼって娘に与えたり、また市場で売って家計の足しにしています。それがほとんど唯一の収入です。多くの国際NGOが撤退していく中、JENは私のところにまで様子をみにきて、そして心配してくれる唯一の団体です。
特定非営利活動法人JEN
公式ウェブサイト:http://www.jen-npo.org/
緊急から復興支援まで、難民・避難民の精神的・経済的自立を支える国際NGO。
旧ユーゴスラビア紛争では、紛争によって難民・避難民となってしまった人々の中でも弱い立場におかれている高齢者、障がい者、子ども、女性を対象に、1994年から2004年まで支援活動を実施。当時はボスニア·ヘルツェゴビナに3ヶ所、ユーゴスラビアに2ヶ所の合計5ヶ所の事務所を設けて、主に心のケアを目的とした「心理社会的事業」、自助自立を目指す「収入向上事業」/「職業訓練事業」、民族の共生を目指す「平和構築事業」、様々なニーズをカバーする「緊急支援事業」の5事業を、難民·避難民を中心とした現地スタッフによって進め、自助自立をサポートした。
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