旧ユーゴスラビア紛争を乗り越えた難民女性たち Vol.2

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2016.11.16
Asmaa school 255
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特定非営利活動法人JEN

認定特定非営利活動法人JEN(Japan Emergency NGO)について
1994年1月に旧ユーゴスラビア地域における難民・避難民への緊急支援のために設立。以来、「生きる力、を支えていく。」をモットーに、一貫して、現地の人びとの力を活かした「自立支援」を実施。世界各地で紛争や自然災害などにより厳しい状況にある人びとへ、緊急から復興の各段階できめ細やかな支援活動を行っている。2000年NPO法人格を取得。2005年、「認定特定非営利活動法人(認定NPO)」として国税庁(当時)より認定を受ける。2016年10月現在、アフガニスタン、イラク、スリランカ、パキスタン、東北、熊本、ヨルダン(シリア難民支援)で支援活動を継続中。本部:東京都新宿区。2011年外務大臣表彰受賞。公式ウェブサイトhttp://www.jen-npo.org/

この冊子は、旧ユーゴスラビア紛争(※1)によって難民や避難民となった様々な民族の女性たちの生活や信条の変化などを、【紛争前】、【紛争後】、【JEN(の活動)に参加して】という3つの切り口で、世代別に取り上げたものです。戦争の悲惨さや復興への道のりの厳しさはもちろんですが、彼女たちが自立に前向きに取り組み、立ち直っていく過程を読み取っていただければ幸いです。(冊子「旧ユーゴスラビア紛争を乗り越えた難民女性たち」より)

 

 

※1 ユーゴスラビア紛争とは
1991年6月のスロベニア、クロアチア両共和国の独立宣言をきっかけに始まったユーゴスラビア内戦のこと。この内戦は民族紛争の強い様相を現しながら泥沼化した。2006年、6共和国と2自治州で構成されていた従来のユーゴスラビア連邦は完全に崩壊。当時の旧ユーゴスラビアの人口2300万人のうち、約200万人もの人々が家族を失い、住む家を追われた。
 

 

 

40歳代 マリッツァ・クライーナ(Marica Kraj inai)

<プロフィール>
ボスニア・ヘルツェゴビナ、ドボイの出身のクロアチア人。紛争によって故郷を追われ、難民となる。美術教師の経験を活かし、現在クロアチアのリエカにある、元JENスタッフのつくった現地NGO「KORACI」が実施する、心理社会的事業の中の陶芸ワークショップでインストラクターとして活躍中。

【紛争前】
ドボイはムスリム人、セルビア人、クロアチア人の3民族が共存する美しい街でした。私は美術の教師をしていましたが、どの民族の子どもにもまったく同じように接していました。どの民族に属すかというよりも、ドボイに住む者としての共同体意識の方が強く紛争を経てこのように民族によって分断されるようになるとは思いもしませんでした。1989年頃から民族を意識する人や場面が多くなりましたが、私はそれに同調する気にはなれませんでした。

【紛争後】
紛争勃発後間もなくセルビア人軍隊が戦車でドボイに攻め込んできて、兵士に殺されるか、すべてを捨てて逃げるか、二つに一つしかありませんでした。丘の上から18年の苦労の末に建てた家が燃やされるのを見るのはとてもつらかったです。着の身着のままで逃げ出したので当然持ち出せたものもなく、特に写真など、かけがえのない思い出の品々を失ってしまったことが悲しかったです。ボスニアを脱出してクロアチアに向かい、リエカに落ち着きましたが、失望や悲しみでいっぱいでした。家に一人でいると、燃やされてしまった家のことを繰り返し思い出しては暗い気持ちになり、とても前向きに物事を考えることはできませんでした。

【JENに参加して】
陶芸コースにインストラクターとして参加して、同じような体験をした難民の女性たちに接するうちに、自分本来の明るさを取り戻すことができました。専門分野である陶芸を人に教えることで、再び自分に価値を見出せるようになったのです。一日の仕事が終わった後には、どんなに疲れていても「もうここを離れないといけないのか」とさびしくなるほどです。紛争によって自分の人生はすっかり変わってしまいましたが、新しい居場所を見つけて充実した毎日を送っています。

 

50歳代 ゾラ・マリノビッチ(Zora Marinovic)

<プロフィール>
ボスニア・ヘルツェゴビナ、シポボに住むセルビア人。紛争が始まるとユーゴスラビアに逃れ難民となる。和平合意後すぐに帰還し、自分の土地で農業を再開した。

【紛争前】
紛争が始まる以前からシポボはセルビア人が多い地域でしたが、ムスリム人とも一緒に学校に通ったり、普通に近所づきあいをしていました。特に民族が問題になることはなかったと思います。ここでは多くの人が農業をしていますが、私たちは主に羊を飼育することで生計を立てていました。夫を亡くした後は自分ひとりで、羊の世話をしながら二人の息子を育てました。

【紛争後】
紛争も終盤にさしかかった1995年、ボスニア連邦軍に追い立てられて家を後にしました。持ち出せたのはほんのわずかな身の回りのものだけでした。バニャルカを経由して兄弟のいるユーゴスラビアに避難しましたが、家がどうなったか心配だったので、紛争が終結するとすぐにシポボに戻りました。家財道具はほとんどなくなっており、ドアに銃痕がありました。燃やされていなかっただけ幸いで、家の修復は自分達の力だけで行いました。しかし家畜を買う余裕はなく、他の国際NGOからローンで牛を提供されましたが、その返済のために毎日1時間以上もかかる道のりを歩いて牛乳を売りに行っていました。

【JENに参加して】
ラジオでJENの畜産支援事業のことを知り、応募したところ、支援を受けられることになりました。JENから提供された羊は順調に育っています。私は羊をずっと飼ってきたので普段困ることはないのですが、必要なときに獣医のアドバイスや診療を受けられるのでとても助かっています。その羊から取れる羊毛や増えた分の羊を売って、新たに養鶏も始めました。野菜もまだ売るほどではありませんが、自給自足できるようになってきています。紛争で難民になったり家を壊されたりと大変な思いをしましたが、今は以前と同じような農業で生計を立てられ、家族皆で暮らせるようになったことが嬉しいです。

 

60歳代 ストヤ・クヴルジッチ(Stoja Kvrgic)

<プロフィール>
長年暮らしていたクロアチアを紛争によって追われる。ユーゴスラビアに逃れた後、生まれ故郷のボスニア・ヘルツェゴビナのシボボに移るが、ボスニアも戦場になったために再びユーゴスラビアに避難し、和平合意後に帰還。一度の難民生活を経て今はシポポに落ち着き、JENから提供された羊の飼育に励んでいる。

【紛争前】
生まれ育ったのはボスニア・ヘルツェゴビナですが、夫はクロアチアのガラス会社に勤めていたため、ずっとクロアチアで暮らしていました。クロアチアでは自分達の住むアパートも、果物の木がたくさん植わっている別荘もあり、それなりに裕福な暮らしをしていました。同僚や友人にはクロアチア人が多かったのですが、自分達がセルビア人だということが問題になるようなことは全くありませんでした。

【紛争後】
クロアチアで紛争が始まった1991年の末にユーゴスラビアに逃れました。すっかり財産をなくした私達はユーゴスラビアの親戚の家を転々とし、翌年40年ぶりにシポポに戻りました。しかし今度はボスニアで紛争が始まり、1995年に連邦軍がシポポを攻撃した際には再びユーゴスラビアに避難しました。息子はこの紛争で負傷し、一時は強制収容所に入れられていました。1997年にシポポに帰還したときには、家は壊されていなかったものの家財道具はすべて持ち去られてしまっていました。

【JENに参加して】
シポポには義父の残してくれた家と土地がありましたが、家畜小屋を建てることもままならないほど生活は困窮していました。細々と自分達の食べる野菜をつくったりしていましたが、JENから羊の提供を受け、その羊を飼育して売ることで現金収入を手にすることができるようになったため、随分生活が楽になりました。本当はクロアチアに戻りたいのですが、アパートは他人に奪われ、別荘は破壊されてしまっているので、無理だと思っています。今後は羊の数をもっと増やし、ここシポポで少しでも落ち着いた生活ができるようにしたいです。

 

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特定非営利活動法人JEN
公式ウェブサイト:http://www.jen-npo.org/
緊急から復興支援まで、難民・避難民の精神的・経済的自立を支える国際NGO
旧ユーゴスラビア紛争では、紛争によって難民・避難民となってしまった人々の中でも弱い立場におかれている高齢者、障がい者、子ども、女性を対象に、1994年から2004年まで支援活動を実施。当時はボスニア·ヘルツェゴビナに3ヶ所、ユーゴスラビアに2ヶ所の合計5ヶ所の事務所を設けて、主に心のケアを目的とした「心理社会的事業」、自助自立を目指す「収入向上事業」/「職業訓練事業」、民族の共生を目指す「平和構築事業」、様々なニーズをカバーする「緊急支援事業」の5事業を、難民·避難民を中心とした現地スタッフによって進め、自助自立をサポートした。

 

Vol.1はこちら

 

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認定特定非営利活動法人JEN(Japan Emergency NGO)について
1994年1月に旧ユーゴスラビア地域における難民・避難民への緊急支援のために設立。以来、「生きる力、を支えていく。」をモットーに、一貫して、現地の人びとの力を活かした「自立支援」を実施。世界各地で紛争や自然災害などにより厳しい状況にある人びとへ、緊急から復興の各段階できめ細やかな支援活動を行っている。2000年NPO法人格を取得。2005年、「認定特定非営利活動法人(認定NPO)」として国税庁(当時)より認定を受ける。2016年10月現在、アフガニスタン、イラク、スリランカ、パキスタン、東北、熊本、ヨルダン(シリア難民支援)で支援活動を継続中。本部:東京都新宿区。2011年外務大臣表彰受賞。公式ウェブサイトhttp://www.jen-npo.org/

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